頭皮 薄毛 抜け毛の悩みをぶっ壊す 発毛法

頭皮 薄毛 抜け毛の悩みをぶっ壊す 発毛方法

薄毛でお悩みの方を救済する「頭皮 薄毛 抜け毛の悩みをぶっ壊す 発毛方法」約30年間薄毛と共に生きてきましたが、ある情報がきっかけで結構改善されました。正直もう完全に諦めていたのに、61歳にしてまさか生えて来るとは本当に想定外。おかげさまで副作用も全く無くどこまで復活するか、これからが楽しみです。

タレント列伝 萩原健一さん

皆さん、こんばんは。

薄毛治療放置歴30年の超ベテラン、

7月7日七夕生まれの、

ミスターヒコボシです。

 

本日は、グループサウンズの全盛期に『ザ・テンプターズ』の

ボーカルとして、絶大なる人気を誇ったショーケンこと、

萩原健一さんの登場です!

 

プロフィール

 

東京都私立聖橋高等学校中退

生年月日 1950年7月26日

身長 174cm

体重 55kg

血液型 O型

 

経歴

 

★埼玉県与野町上落合小学校

※水泳が得意だったが、勉強はあまり得意ではなかった。

石原裕次郎の大ファンだった。

 

★東京都私立聖橋中学校

※授業をサボって、映画館に入り浸っていた。

※不良グループに所属し、タバコを覚える。

※母親が経営していた店の売上金を拝借して、遊びに使っていた。

 

※高校生の番長(通称ダイケン)とその子分(通称チュウケン)を

相手に、中学生ながらケンカをし、度胸の良さを認められ2人の通称の

流れで、「ショーケン」という呼び名を、この頃に授かった。

 

大ケン→中ケン→小ケン(ショーケン)か~いッ!(笑)

 

★東京都私立聖橋高等学校

※渡辺プロにスカウトされ、高校2年で中退し、17歳で、

グループサウンズザ・スパイダース』の弟分バンドの

『ザ・テンプターズ』のボーカルとしてデビューした。

 

※デビュー曲は「忘れ得ぬ君」だった。

 

曲名がカタいんじゃ~!(笑)

 

★1968年

「エメラルドの伝説」「神様お願い!」

「おかあさん」

 

オーママママ~ ♪ オーママママ~ ♪(笑)

 

次々と大ヒット曲を出して、人気を博した。

 

あの頃のショーケンが18歳だったとは・・・。

既に男の色気が、漂いまくってたな~!!

 

★1970年

※ザ・テンプターズ解散後、井上尭之さん、大野克夫さん、

沢田研二さん、岸部一徳さん、大口広司さんらで、

PYG(ピッグ)を結成した。

 

ジュリーショーケンがボーカルのグループって、

どんだけ凄いことになるのかと、当時思いましたが、

お互いの熱烈なファン同士が、ぶつかって、

足を引っ張り合う、残念な形になってしまい、空中分解状態で、

ほとんど人気が出なかった。

まさに、両雄並び立たずの典型的なパターンであった。

 

★1972年

※松竹映画『約束』(斎藤耕一監督)の制作現場に、

サード助監督として参加したが、

主演の中山仁さんが降板し、代役を務める事になるが、

高い演技力を評価され、俳優へと本格的に転身する

きっかけとなった。

 

※『太陽にほえろ!』の初代新人刑事のマカロニ役で、

人気を不動のものとした。 

 

 ★1974年

※映画『青春の蹉跌』でキネマ旬報の、

最優秀男優賞を受賞した。

 

※『傷だらけの天使』でのワイルドな演技が、

人気にさらに拍車をかける。

 

「アキラ~」 「兄貴ぃ~」

 

※昨日に引き続き2度も失礼しました(笑)

 

★1975年

『前略おふくろ様』で、シャイな板前青年を好演する。

 

★1977年

松竹映画『八つ墓村』に出演する。

 

★1980年

黒沢明監督の『影武者』に出演する。

いしだあゆみさんと結婚。

 

ブルーライト、ヨコハマ~♪

 

★1983年

※映画「竜二」の主題歌「ララバイ」をリリースした。

※インドのカルカッタでチャリティーコンサートを行なった。

 

★1994年

『居酒屋ゆうれい』山口智子さん、室井滋さんと共演し、

報知映画賞、高崎映画祭主演男優賞を受賞した。

 

★2009年

TAJOMARU』(小栗旬さん主演)の将軍、足利義政役で、

日本映画批評家大賞の審査員特別男優賞を受賞した。

 

★2011年

※2月7日に12歳下のモデル、冨田リカさんと結婚した。

 

※「ジェットコースターみたいな人生だったけれども、

今後は2人でメリーゴーランドのように、

ゆっくりとした人生を歩みたい」と語り、芸能活動と並行して、

東洋思想や仏教研究にも取り組んだ。

 

★2019年

3月26日午前10時30分、都内の病院で、

60歳の頃から闘病していたGIST(消化管間質腫瘍)の為死去。

68歳という若さだった。

 

ストイック

 

破天荒でチャランポランなイメージが強い感じのショーケンですが、

20代前半に太宰治に傾倒し、ストイックな一面を感じさせる行動も、

馴染みのファンにの間では、有名だった様です。

 

※健康法としてウォーキングを積極的に行ない、1日に

なんと、70キロも歩くことがあった。

 

※病気になった姉の願掛けで、歩きすぎて、

足を疲労骨折したことがある。

 

※50歳の時、56日間で自宅の近所を2300キロも歩き、

約10キロ体重を落とした。

 

※家事全般、全て自分でやってしまう。

 

四国八十八箇所のお遍路に、3度も挑戦し2度成功している。

1度はドクターストップがかかり、やむなく断念した。

 

10万人に1人という確率のGIST(消化管間質腫瘍)にかかってしまい、

68歳の若さで亡くなられたことは、本当に残念でなりません。

 

不良っぽさを前面に出し、私生活においても粗暴な所もあり、

世間を騒がせた頃もありましたが、何故か憎めないというか、

カッコ良くて、あこがれてしまう存在でした。

 

ショーケンの様な、つかみどころのない

セクシーな魅力を持った俳優さんは、10万人に1人どころか、

今後もう、二度と現れないのではないかと思います。

 

心よりご冥福をお祈りします。

 

では、今日の所はこの辺で。

 

また次回、元気でお会いしましょう。