頭皮 薄毛 抜け毛の悩みをぶっ壊す 発毛法

薄毛放置歴30年のオヤジが発毛した薄毛治療法

約30年間薄毛と共に過ごしてきましたが、ある情報がきっかけで、薄毛治療を開始し、改善されつつあります。まさか61歳にしてこんなに改善されるなんて想像もしていませんでしたので、本当にビックリしました。おかげさまで副作用も全くないので、一体どこまで改善されるのか、楽しみしかありません。

内村光良さんが中1の時に観て号泣した映画

皆さん、こんばんは。

薄毛治療の放置歴30年の超ベテラン、

7月7日七夕生まれの、

ミスターヒコボシです。

 

本日は、コント中心の芸風が持ち味で、とんねるずや、

ダウンタウンらと共に、バラエティ界をリードしてきた、お笑いコンビ

ウッチャンナンチャンウッチャンこと内村光良さんの登場です!

 

プロフィール

 

横浜放送映画専門学院演劇科出身(現:日本映画大学

生年月日 1964年7月22日

身長 169cm

体重 66kg

血液型 AB型

 

経歴

 

★幼少期

※5歳の時、初恋の相手「ナオコちゃん」にラブレターを書いたが、

渡すことが出来なかった。

 

※目立ちたがり屋の性格で、幼稚園のお遊戯会で「王子様」役に

選ばれた時は、飛び上がって喜んだ。

 

※小さい頃から、人を笑わせることが、大好きだった。

 

熊本県球磨郡あさぎり町立免田小学校

※神童と言われるほど勉強ができ、運動神経も抜群に良く、

クラスの人気者で、学芸会はいつも主役だった。

 

熊本県人吉市立西瀬小学校

※3年生2学期に転校したが、転校先でも成績は良く、オール5だった。

 

※4年生の時、豊臣秀吉の幼名「日吉丸」の本を読んで感銘を受け、

人形劇「豊臣秀吉物語」をクラス会で上演した。

 

※相変わらず人を笑わせるのが大好きで、当時大人気だった、

ザ・ドリフターズコント55号のネタをコピーして、

クラスの発表会や遠足等で披露していた。

 

※自分で新ネタを考えて、萩本欽一さんの番組に

ハガキを送ったこともあった。

 

※父親の勧めで、4年生になって剣道を習い始め、団体戦では副将を務め、

個人戦でも3位に入賞したことがあった。

 

※とにかく運動が好きだったので、ソフトボール部にも所属し、

「1番センター」で市の大会で2位になった。

 

※水泳部にまで入部し、わずか2ヶ月間の練習でバタフライを習得し、

県大会で8位入賞を果たした。

 

※絵心もあり、水彩画を描いて入選したこともあった。

 

※6年生になって児童会長を務めた。

 

熊本県人吉市立第二中学校

※野球部に入部し、セカンドの守備は完璧だったが、

サードにコンバートされた途端に暴投エラーの連続だった。

 

※小学校の頃から、父親が趣味で持っていた8ミリカメラや、

映写機に触れていて、元々映画には興味を持っていたが、

1年生の時に見た映画『街の灯』で号泣する程感動し、

完全に映画に目覚めた。

 

※2年生の時にシルベスター・スタローン出世作でもある

ボクシング映画『ロッキー』を観て、映画監督を志す。

 

※同じく2年生の文化祭のクラス発表の劇で、脚本から演出、

主演まで務め、チャップリンの『キッド』をモチーフにした

劇を上演した。

 

※3年生になった文化祭でも、クラス発表の劇で、

イタリア映画「自転車泥棒」をモチーフにして劇を上演した。

 

熊本県立人吉高等学校

※映画同好会に入り、夏休みや冬休みは、実家の酒屋で

アルバイトをして、編集機材などを買いそろえた。

 

※1年生の時に『飛んでやる』という自主映画を制作し上映した。

 

※2年生の時は『戦争愛してます』という自主映画を制作し上映した。

 

※同じく2年生の時、付き合い始めた彼女と映画『伊豆の踊子』を

観た後、ファースキスを体験した。

 

さらっと言うな!(笑)。

 

※3年生の時も『男物語』という自主映画を制作し上映した。

 

※同じく3年生の秋、ファーストキスの彼女と破局を迎える・・・(涙)。

 

さらっと言うな!(笑)。

 

★横浜放送映画専門学院(現:日本映画大学

※入学した初日に、出川哲郎さんに話しかけられ仲良くなった。

 

※5月の農村実習で、ナンチャンこと南原清隆さんと話をし、意気投合した。

 

※仲良くなった出川哲郎南原清隆さんと新島に行って、

女の子をナンパしていた。

 

※専門学校の卒業公演「横須賀物語」で南原さんと共に、

ナイトクラブの漫才師役を演じた。

 

※エンディングのダンスシーンで、真ん中に立ち止まったまま、

感極まって号泣してしまった。

 

★1986年

お笑いスター誕生!!』第7回オープントーナメント

サバイバルシリーズに3度目の挑戦で、ようやく優勝を果たした。

 

コント番組

 

コント番組ブームが終息したと言われた1990年代後半以降も、

他の芸人が手を引く中、内村さんは『笑う犬』『爆笑レッドシアター

『LIFE!~人生に捧げるコント~』等、数々のコント番組を手掛け、

スタジオコントにこだわり続けた。

 

★1998年

第49回NHK紅白歌合戦ポケットビスケッツのメンバーとして出場した。

 

★1999年

ウッチャンナンチャンウリナリ!!』番組中の、

ドーバー海峡横断部の遠泳リレーで、海峡の横断に成功した。

 

★2006年

草野球題材にしたコメディ映画「ピーナッツ」で、

映画監督デビューを果たした。

 

★2007年

日本テレビ系列のバラエティ番組

「謎とき冒険バラエティー世界の果てまでイッテQ!」が

放送スタートし、MCを務める。

 

★2009年

日本テレビ系、学園バラエティ番組「スクール革命」がスタートし、

担任教師を務める。

 

★2018年

前年の第68回に引き続き、第69回NHK紅白歌合戦で2年連続の

総合司会を務めた。

 

★2019年

熊本県人吉市民栄誉賞を授与された。

 

スタジオコント

 

ダウンタウンの2人と同級生だったことでも有名な

放送作家高須光聖さんは、忖度なしに

「コントが大好きな芸人をイメージしてみると、真っ先に思い浮かぶのが、

内村光良で2番目が松本人志である」と語っています。

 

お笑い界で、芸に対して真摯に取り組む姿勢が、高い評価を得ていることの

大きな証だと言えます。

 

また、意外と知られていませんが、そのダウンタウン松本人志さんと

非常に仲が良く、松本さんの結婚式の時、吉本興業の関係者以外は、

式場のホテルに入れませんでしたが、松本さんたっての希望で、

式に出席しています。

 

これも内村さんの人となりを、顕著に表している出来事だと思います。

 

お笑いの中でも、特に「スタジオコント」にこだわり続ける、

内村さんの今後の更なる活躍に期待したいですね。

 

では、今日の所はこの辺で。

 

また次回、元気でお会いしましょう。

 

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